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江戸時代の上杉家

uesugishi

会津から米沢に転封された後、上杉家はどうなったのか調べてみました。


上杉景勝-定勝-綱勝と続きましたが、跡継ぎの無いまま上杉綱勝が死去。
当時は末期養子がまだ禁じられていたので、御家断絶の危機に直面しました。

しかし、上杉綱勝の妻の父・保科正之の努力もあり、
綱勝の妹の子を跡継ぎにすることで決着しました。これが上杉綱憲です。

綱憲の父は、「忠臣蔵」で有名な吉良義央でして、
以後この系統が続き明治維新を迎えます。


(参照:「江戸の殿さま 全600家」、画像:ウィキペディアより)
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theme : 歴史
genre : 学問・文化・芸術

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