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日本の城ミステリー紀行/今治城・宇和島城

110521

今回は、築城の名手・藤堂高虎をクローズアップしていました。
彼は生涯約30の城郭建築に関わりましたが、特色として


●従来の望楼型城郭でなく、層塔型城郭を作った。
 (画一的な資材調達を容易にし、工程を短期化できた)

●石垣を高くし、堀を広くして攻めづらい城にした。
 また、枡形門や狭間(大砲狭間も)を取り入れ、
 櫓を多くして城の外側で防衛できるようにした。

 一部の城では天守を作らなかった。(砲撃の的になるし無駄な為)

●穴生衆と呼ばれる石垣職人の集団を抱え、
 高虎自らは城郭プロデューサーとして活躍した。

 これは、徳川幕府が平和な時代を治めていく上で、
 時代の流れに合った選択だった。

●徳川家康は、豊臣氏の大坂城への包囲網を築いたが、
 特に伊賀上野城を 最後の砦と考えていた。
 城中の井戸から城外に脱出できるようになっていた。


「築城名人」の具体的な話が聞けて満足でした!

(画像:番組HPより)
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theme : 歴史
genre : 学問・文化・芸術

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